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はるか遠くから低い地鳴りのような音がきこえてくる。崩れかけた窖(あなぐら)に身を潜めていた青年は、次第に激しくなる震動に突き動かされるように徐に外へと這い出した。地平線の果ての空は赤黒く染まり、その辺り一帯は猛然たる炎に包まれていた。
つい先度まで一緒に過ごしていた青年の父はいま、その戦禍のさなかに立っている。それが後にどういう行く末になるかは、容易に想像できた。青年はただ黙然とその赤い炎を眺めていたが、暫くすると軽く身支度を整え始めた。
ひとつ――何があろうとも(父親の)後は追わない
ひとつ――もし万一に(父親が)戻らぬことがあれば、代わりに定められた場所へ結界の苗を植えにいく
父親は出立前に何度も何度も念を押すようにそう青年に伝えていた。彼の真意を理解することができなくても、きっと、このふたつの〝約束事〟は適えなければならない。その使命感のみを抱え青年はひとり歩き出したのだった。